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ほそ道小径、ときどきおもて

華やかな表通りよりも、静かな裏通りをひっそりと寄り道しながら歩きたい。そんな私の、興味の赴くままのとりとめのないブログ。

身体の変化を感じてから、まず始めたこと【終活①】

関節痛をはじめ様々な身体の変化を感じるようになってから、まず最初に始めたことは本格的な断捨離です。

 

というのも、我が家は子供がいませんので、老後の生活は自分たちだけで全てやっていかなくてはいけません。いつかやって来る(それほど遠くない)老後生活を考える時も、そのことが常に頭の中にあります。

 とはいえ、もし仮に子供がいたとしても、子供に頼る生活をするつもりはありませんでしたから、老後に向けての心構えはもしかしたら今とそれほど変わらなかったかもしれません。

 

が、子供がいるいないで大きく違うのは、最後の最期、つまり夫婦二人ともが亡くなった後のことです。

 

いくら「自分たちのことはじぶんで」と考えていても、自分たちが居なくなった後のことについては、どうしても誰かにお願いしなくてはいけないことが残ってしまいます。

様々な手続きや遺された物たちの始末をするのは自分の親のことでも大変なのに、それが兄弟、ましてや甥、姪にお願いするともなれば、お互いにの気持ち的にも実質的にも掛かる負担は大きくなっていきます。

 

なるべく掛ける負担を少なく出来るよう、年齢的にもそろそろ少しづつ準備をしていかなくてはと考えていましたが(事務的な事は既にある程度出来ているので、主に所有物の減量を)、今回身体のあちこちが痛み出したことで「それでは遅い!まだ身体が動くうちに出来るだけのことはしておかなければ!」という焦燥感にかられ、今回の本格的な断捨離に取り掛かることとなったわけです。

 

 

今までにも定期的に不要物の処分はしてきてはいるのですが、とはいっても、思い入れのあるものやいつか使うかもと思われるものは、思いきれずに何となく残してきてしまい、断捨離というわけにはいきませんでした。(残しても、結局使う事はありません)

 

でも、今回は違います。きちんと「断捨離」です。

それは本当に必要なものなのか。本当に大切なものなのか。残りの人生をどうしても共に過ごしたい!と思えるものなのか。

自分の感情とも向き合いながら選別し、処分するものに対しては「今までありがとう」の気持ちを最後に、きっぱりと情を断ちます。

 

一旦やり始めると、物の整理と共に気持ちの整理をつけることも出来て、案外気持ちの良いものです。

 

まだ途中ですが、

 キッチンの吊戸棚は、ひと棚まるまる空いてしまいました。

 

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関節の痛みがあると上の方に物をしまったり出したりするのがつらいので、もともとあまり使っていなかった場所ではありますが、こうしてまるまる空いてしまうと、せっかく棚があるのに使わないなんて逆にもったいないような気もしてきて、少し複雑です。

 

そんな感じで、まだまだ断捨離は続きます。

 でも、一番やらなくてはいけないことは、いつまでも自分のことは自分で出来るように身体をメンテナンスすることですね。

今日のぬり絵 2017.6月

あたり前のように過ぎていく日々が、本当はあたり前にあるものではないのに、

それをあたり前のように感じて生活していられたことの

有難みを噛みしめていた頃の塗り絵。

 

 

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あたり前の日常が、あたり前でなくなる時。

気づけばもう、ひと月近くもブログの更新をしていませんでした。

何もしていなくても、時は無関係に無情に、自然の摂理に従って淡々と過ぎてゆくものです。

  

ひと月前。

私にしては珍しく短期間にいくつかのお楽しみイベントを満喫してこころのエネルギーを補充し、「よし、私も頑張るぞ!」と気持ちも上向きになっていた最中、突如として身体中の関節や筋があちこちと痛み始めました。

もともと患っていたヘバーデン結節(指の第一関節の変形と痛み)やブシャール結節(第二関節の変形と痛み)、肘の痛みに加え、膝、足指、ふくらはぎ、首筋、肩や腰などが痛みます。

 

幸い、日によって(時間によって)痛む箇所や程度がそれぞれ違うので(同時に全ての箇所が最高レベルで痛むわけではないので)、その時々の状況に合わせて対処をすれば日常の生活は何とかなります。

ただ、最も痛みの厳しい時には何もすることが出来ません。(その状況が何日も続かないことが救いです)

 

今まであたり前のようにしてきたことは、①出来なくなったこと ②出来るけれど少し工夫を必要とすること ③出来るけれど少し時間がかかること ④今まで通りにできることの4つに仕分けされることになりました。

時を同じくして、更年期の症状も顕著になり始めて、このひと月の間に身体が大きく変わりました。これが年をとるということなのかと実感しながら、少し途方にくれました。そんな身体の変化に伴い、生活も少しだけ見直さなくてはいけません。先のことを含め、あれこれと考えては気持ちが沈みますが、そんな時には「潔く諦める」ということが、前に進むために、気持ちを上げるために、良い効果を発揮するということが今回はよくわかりました。

 

ひとつひとつ、諦めていくのが人生。

 

この言葉を最初に聞いたときは、ネガティブな感じがして悲しい気持ちになりましたが、今はそうでないことがわかります。何かを諦めたぶん、

今出来ることに真摯に向き合って、ひとつひとつ丁寧に取り組んでいこう。

今はそう思っています。

 

 

↓ 手の痛みが酷くなり始めた頃、痛みに抗って挑戦してみた手毬づくり

この綿のボールに糸を巻き付けて土台をつくる。

 

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 と、こうなりますが、 

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糸を巻くだけなら指が痛くても出来るだろうと甘く考えていたら、球体を支えるのは想像以上に指に負担がかかり(球体が直径3㎝と小さいせいもあります)この段階でもうアウトでした。

完成すれば、こうなります。

 

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可愛いのになぁ。残念。

 

 

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